今また東京へ向かってる途中の新幹線です。おひさしぶりです。
今回も28号の事業の説明を某社にしてきます。
前回東京に行って戻ってきてから、28号の先の展開だったり、思想についてよくよく考えてみました。なんで僕が28号にこだわり続け、作家に利益を還元するかもう一回自分の中でまとめてみました。
1 インターネットを流通する中古本を目の当たりにして
再販制度のあだ花である古本がWEBという活動領域で、新刊業界に引けを取らないの流通網に乗り、販売されている。
例 ) AMAZON、ブックオフ。
古本が売れすぎて、「再販→返品制度」の新刊販売システムに支障をきたしている。ネット時代以前には今ほど古本が脅威ではなかった
ネット時代以前ですと、古本といっても、店舗での販売でした。それが、WEBサイト、しかも1極集中するヤフオクやAmazonマーケットプレイス、はたまた弊社のような独立系のオンライン古書店などで、流通されるようになり、検索性の向上というのでしょうか探せばすぐほしい本が安く手に入る環境ができあがってしまいました。
以前なら古本屋1軒、2軒まわって在庫がないなら新刊を買うところです。でも、今はモノを捨てずに再利用する時代。本は廃棄されずにインターネットをぐるぐると廻り始め出したのです。
これは、古本で利益がでたとしてもいずれは1次マーケットである新刊本が売れなくなれば、古本業界も新刊産業の副次的、2次的マーケットですので業界としては利益を書き手に還元する循環型のモデルを確立できないかとおもったわけです。
2 本がデジタル化することにより、コピーの容易性に拍車がかかり、フリーコピー時代(コンテンツが無料になる時代)が5年~10年で到来する。
コンテンツ無料時代にクリエイター志望者を減らさずに良質な作品を生み出し続けることができるか?
出版社のコストダウンに押され、つまらない作品が続出。文化の衰退。
↓
生み出す力(クリエイター)を保護する仕組みや出版システムが必要。
↓
今、アーカムでできることは新刊と古本併売用の在庫管理、査定システムを
書店に提供し、利益の一部を作家に還元する仕組みを提案すること。
なのです。はい。
特にこの2番目の問題が、自分の中で解けない、わからない部分です。まあ、世に出回るデジタルコンテンツ関連の書物でも正確な答えって書いてないですし、みんななんとなく憶測で、言い合ってます。
ネットが出てきた時点で平面の創作物はすべからく、コピー可能であり、それがたとえ世界の片隅でコピーされようとも、劣化しないデジタルコピーはコンテンツ自体の価値を減少させていくんだとおもうんです。
音楽業界などにしても、同様のことがこの10年で起きており、USレコード産業はすでにコンテンツ自身で儲けることをあきらめてしまっているという記事もみたりします。
「コンテンツ」自体の収益モデルから、ライブやグッズを中心とした、デジタルを広告とした、コピーできない商品を売る事にシフトしていってたり。カラオケとかもライブの亜種だと思うし。
たしかに音楽はライブがあります。バンドや歌い手にキャラクター性を求めることは容易です。
ただ、漫画家とか小説家ってどうなんだろうかと思うんですね。作家自身がいままで前面に出る事はなかったし作品のキャラクターのほうが読者の心には刻まれていることだと思います。
マンガや小説はコンテンツ以外の価値を見出す事が難しいんですよね。
ちょっと話がそれますがYouTubeなどでは、ビデオIDという、映像指紋技術みたいなもんを使って、違法にアップロードされた、映像を検出する技術をもってます。
単に違法コピーを削除するのでなく、そこに適正な広告を差し込むかそうでないかを著作者に判断してもらいうという広告モデルを模索中です。
従来のテレビ型の広告モデルであり、それがフリーコピー時代にあった収益モデルの一つだとは思うのですが、まだほかにもあるのではなかと思います。
僕は、「2次創作の活用」、「書き手、読み手が直接つながること」で出版パラダイムシフトが起こるなか新たなビジネスモデルを模索できないかと思ってる次第です。
フリーコピー時代にアーティストはいかに活動を続け、良作を生み出す土壌を僕たちが提案し続けれるか?
こんな思いがひしひしと強くなって、止まらなくなっちゃったんですね。一介の古本屋ごときがw
その先を知りたいという探求欲。ビジネスマンとして、社長としては、それをぐっとこらえて本業に専念するべきなのですが、どうしても知りたいし、その渦の中でかかわっていきたいという欲求が強くなりました。
今日から1週間そんな思いと事業計画を聞いてもらってきます。
がんばります。
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